団塊の世代と老後年金生活
![]() 団塊の世代のための退職から資産運用まで
団塊世代 (だんかいせだい)とは、その2
団塊世代は、その膨大な人口のため、幼い頃から学校は一学年ふたケタのクラス数であり、教室は50人学級ですし詰め状態で教室不足を招くほどであった。また、その好むと好まざるにかかわらず学校を主な舞台として競争を繰り広げることになる。
地方農村の中学校卒の若者は、高度経済成長後期であり、働き口が豊富だった東京や大阪などの大都市へ集団就職した。彼らは「金の卵」と呼ばれ、工場や商店などで大勢雇われ、日本経済の底辺を支えていくことになる。
高校から大学へ進学して都市部に集まった若者たちは既存社会への改革心に燃えていた。その強いハングリー精神と自己主張の強さから、「学生運動」と呼ばれた大学改革やベトナム戦争反対の反体制運動に身を投じた。一部の青年らは全共闘運動などで政府や既成秩序に反発し過激な活動にも身を投じていくことになる。
文化的側面から見ればファッションが浸透し始めた世代であり、男性はジーンズ、女性はミニスカートを好んで装い、レジャーやドライブを好むなど、そのスタイルは現代の若者文化の基盤を形成している。
団塊世代が親元から独立して家庭を持つようになると、著しい住宅不足となった。この対策として、大都市の近郊には数多くの核家族向けの近代的な団地が造成された。また、大手企業は福利厚生として集合住宅タイプの社宅を構えた。その周辺に生活物資を売る商店が集まり、衛星都市と呼ばれる中都市ができた。
これによって大都市を取り巻く都市圏は大きく広がり、それに伴う通勤通学のための交通網の整備が急がれ、鉄道の輸送力増強や新線建設、道路の新設や拡張が行われた。都市膨張の時代である。
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